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SixTONESわたしのMVで花や衣装が交換されるのはなぜ?考察がアツイ!

エンタメ
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SixTONES『わたし』のMVが公開されました!松村北斗さん出演の恋マジこと「恋なんて本気でやってどうするの」の挿入歌として流れているこの曲、ドラマ中で流れるタイミングが何とも抜群で、毎回切なくなりますね。

公開されたMVも、6人の切ないしぐさ表情モノトーンに映える鮮やかな青い花束等、一瞬にして世界観に引き込まれます。

しかし、謎も多いMVで、特に途中で衣装がかわっているのは何を意味しているの?(1回見ただけで気づいた人すごい!)、鏡が割れているのはなぜなの?と、気になる点が満載ですね、、、。フルMVが出ればわかるのか、今の時点でも考察可能な段階なのかすらわからないですが、考察させる気満々?のMVになっています。

一体、何のメッセージを伝えようとしているの!?この記事では、Twitterでの考察でなるほど!と思ったものを紹介しつつ、「衣装のチェンジ」が何を意味しているのか考察していきたいと思います!

大胆考察は最後のほうになりますので、ご希望の方は飛ばしてご覧ください!

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「わたし」のMVで衣装チェンジしている組合せは?

初めは衣装の一部が渡されているだけなのかと思いましたが、よく見ると交換されているようですね。

松村→京本     長いストール
京本→松村     ハイネックのインナー
ジェシー→田中   シャツ、ネクタイ
田中→ジェシー   肩掛けのベルト様のもの(←何?)、シャツ、ネックレス
髙地→森本     ズボン
森本→髙地     シャツ

はっきり見えないところもあったため、違う箇所や足りない箇所もあると思いますが、ざっとこんな感じ。小物だけでなく、シャツやズボンなどメインの衣装も入れ替わっていますね。体格の違う2人で衣装を入れ替えるときは、衣装2着あるの?と、余計なことを考えてしまいます 

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「わたし」のMVで花や衣装がチェンジしている意味、みんなの考察は?

この”いつのまにか”は、本当にいつのまにか変わっているのか、それとも今日見られなかったフルバージョンでは何かが起こってチェンジしているのか、気になりますよね~~!

「わたし」と「渡し」をかけているということですね!歌詞では「奪ってゆく」ですが、この考えからいくと「渡す」で、自分の意思ということになるので、全体の意味合いも変わってきそうです。

花束を渡すごとにわたし(花言葉の本当のわたし)の要素が薄れていくのを表現しているとはなるほど!と思いました。でも、「作り替えられる」なら、衣装交換ではなく、新しい衣装に変わってもいいかなと思ったりもしますし… 

衣装チェンジがなぜか?を考えるためには、MV全体が意味するものもあわせて考える必要がありますよね。

「わたし」のMV全体の世界観、みんなの考察は?

シーンが変わるのもこのMV謎というか、全体の世界観を知ることが考察の肝になるのではないかと思われます。 

花束の数が増えること、天窓のある明るく綺麗な場所から、出口がなく地面に穴開いている廃墟にシーンが変わるきっと意味がありますよね! 

次から考察に入ります!

SixTONES「わたし」MV の大胆考察!

まずは・・・SixTONES「わたし」のMVで個人的に上記以外で気になったシーンをお伝えしてから考察に入りたいと思います。

上記ツイート以外で気になったシーン

●歌詞では「奪う」と言う言葉がでてくるが、MVで花(本当のわたし)が奪われることはなく、能動的に渡していること
花束の扱い
花束(本当のわたし)を差し出す北斗ととりあえず受け取った(?)京本
花束(本当のわたし)を抱きしめるジェシー
花束(本当のわたし)で顔を隠す北斗
1番のサビで3つの花束をそれぞれ相手に渡す(というより相手が手を差し出して受け取る)
ジェシーの花束を自ら拾い上げる北斗
最後のサビで6つに増える花束
●なぜ最後に花束を後ろ手で持つのか
●最後に廃墟の中で全員が光に目を向けていること

ここから考察 1~5はつながっています

考察1

歌詞は「奪」という言葉がでてくるが、自ら花束(わたし)を渡しているシーンが多いことから、「奪う」「奪われた」というネガティブな2人の関係ではなく、「奪ってくれた」というポジティブな関係が成り立っている。

「奪ってくれた」ことで新しい何かが始まった気がしているが、自分がその本当の価値に気づいていないこと、気持ちが追いついていかないことが歌詞で表されている。

その意味は その価値は 答えようのない問いだけど
それなのに、なぜ それなのに、なぜ
何か見つけたような気持ちでいる

分かってはいるよ きっと素敵なことだと
それでもわたしが追いつかない

考察2

本当の「わたし」、恋マジでもそうですが、失敗を恐れて前に進めなかったり、嫉妬深かったり、誰にもいえない罪悪感などはだれにでもある。それを1人で抱え込むのは苦しい。それが最初のほうの花束のシーンに表れている。本当のわたしを、自分自身で何とかしようとしている。「わかってほしい」と思いながらも受け取ってもらえない気持ち(北斗から京本への花束)、自分自身しかわたしを慰めたり抱きしめたりする人はいない(花を抱きしめるジェシー)、抱きしめて自分を好きになってあげたいけど自分の汚い心を隠したい気持ちもある(顔を隠す北斗)。割れた鏡でも心を表現しているのかな?

考察3

窓がたくさんある場所で青い布をまとったシーン。途中で北斗が、倒れている(?)ジェシーから優しく花束を拾い上げるシーン(2:25の顎クイシーン)。ここが最大のポイントシーンではないかと思います。自分自身をだれかにアピールしなくても、どこかで倒れてしまっても、自分を見ていてくれて、気づいてくれて、近づいてくれて「本当のわたし」のありのままを受け入れてくれる存在がいる。その存在がいる世界は明るく、風が吹き抜けている。

考察4

衣装をチェンジしているのは、それぞれがそれぞれの重荷(苦しめているもの)をはずし、自分以外に預けることができたことの表現。重荷となっていたのは、首に付けていた鎖のようなネックレスや長いストール、タートルネック、絡みつくような衣服や小物たち。それぞれが花束(本当のわたし)を持ち、自分以外の存在にも支えられ、自立している。

考察5

無条件に受け入れてくれる誰かがいる。重荷をその人が負ってくれる。今は閉じ込められた廃墟の様な世界にいて、大きな壁が目の前にあるけれど、その先には、いつか行ける開放感にあふれた世界がある。光がさし、それを見つめて生きれば希望がある。

ここまで総合的にみてくると、世界観が聖書的な感じに思えました。窓のある場所は天国的存在なのか?

ちょっと、考察無理やり?

 

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